山本一力氏インタビュー

写真:山本一力氏

高知市生まれの直木賞作家、山本 一力(やまもと いちりき)さん。

「俺と同じことで困っている人たちが、そのことを知ってプラスになるんなら、それは手伝いじゃないか。その人がうまくいけるようになる手助けができるなら!」と快くインタビューを引き受けてくださいました。


目の異変に気付いたのは

目の異変に気付いたのは、今から約20年前。直木賞を受賞してから、1か月後か2か月後かくらいの時でした。「ちょっと見えにくいな」「昨日と見え方が違うな」というのがはじまりでした。

原稿の締め切りがどんどん増えていて、目の調子が悪いままじゃ追い込めないということで、近所の眼科で診てもらったら「緑内障です」と言われました。緑内障について詳しい説明もなく、ただ目薬を処方されただけで「なんだ、その程度のものか」と思いました。今思えば、その頃は病気と全然向き合っていませんでした。というのも、向き合わなくても何とかなっていましたから。

ただ、視力は落ちていきました。そのことを一番痛感したのは、60歳の還暦の歳に行った免許の更新のとき。
「視力が足りていないから、メガネを調整してから、もう一回来てください」と言われました。そこで近所のメガネ屋さんに行ったら、生活するにはあまりにも度数のきついメガネを渡されたんです。

自分の視力の悪さを自覚して、免許返納を決断しました。免許を返せば、交通事故の加害者には絶対にならないと思ったときに、すごく気持ちが軽くなったのを覚えています。

写真:山本さんがお話している横顔

悩んでいた時に PC-Talker と MyRead7 に出会った

緑内障というのは絶対的に前へ進みます。物書きの大事な商売道具である目にくるんです。「昨日よりも今日、今日よりも明日、見えなくなっているこの眼を、どうすれば見えるようになるか」と考えるしかできませんでした。

時代小説を書く上で、考古学の教授と中国の古代史や亀甲文字、国王などについて勉強会をもたせてもらっています。その先生がワープロで資料を作ってくれるのですが、それが読めない、見えないんです。資料をPDFにして画面を拡大して読むにも、ものすごく手間と時間がかかります。

悩んでいた時に、眼科の先生から『東京視覚障害者生活支援センター』を紹介していただきました。センターでは「これからの執筆活動で、できるだけ視力を頼らずに仕事をするにはどうすればよいか」という話をしました。その時、講師のかたに紹介してもらったのが、PC-TalkerとMyRead7でした。

それからは、PDFをMyRead7で読み取り、認識した文書をWordに貼り付けて、それをナレーターで読ませています。

原稿を推敲する時の読み上げが命綱

表記をどうするかは物書きの命。文章を目で追いながら確認したいです。

ただ、文字を拡大して目で見て読むと、すごく時間がかかります。大きくすれば良いというのものでもなくて、リズムの中で見えてくる文字の大きさがあります。そこが物書きのテンポとぴったり合っていれば、原稿も進みます。

音声入力を勧められることもありますが、私はそれは考えていません。やっぱりキーボードを叩いて、文字が出てきて、それを漢字に変換するという、そこでアイデアがぐっと深まるということがたくさんあるんですね。

写真:パソコンの画面を見つめる山本さん

私の原稿は、1章分が原稿10枚。ひとつの章を仕上げたところで、その章を推敲します。全体は頭の中に入っていますから、字が違ってないか、句読点があるか、固有名詞が違ってないかを確かめます。そして大事なのが、この表現が適切か、もっと良い表現がないかを検討することです。これは読み返している推敲の時点で出てくるものです。

1章分の推敲を自分の目で追って推敲すると、1時間半くらいかかります。それをナレーターで読ませながら目で追って推敲すると、30分で終わります。スピードがまったく違う。ずっと早いんです。

私は時代小説を書いているので、固有名詞がたくさん出てきます。単語の初出時や、時代特有の読みにはルビを打ちます。原稿を書いていく上で、ルビをどうしたらいいか、読者に対してどう作者が向き合っているかというのが、ものすごく大事です。音声で読み上げて、ルビの誤植を見つけたら書き直して、また読ませる。この作業が私にとっては一番大事なことです。

PC-Talkerに期待すること

PC-Talkerは、Word上で読み上げている文字を表示で追えません。私のように、文字を見ているけど見えにくい人達のために、読み上げ箇所を追いかける機能を実現させてほしいです。

一番の悩みは、書き上げた後の推敲の時間にどれだけかかるかということなので、この点をなんとかPC-Talkerに助けてもらえたらと思います。この入り口が私に門戸を広げてくれたら、あれもやりたい、これもやりたいと、今は使えていない機能、中に秘めている宝物を全部使えるようになるじゃないですか。

今はこの文字のサイズで見えてますが、来年になったらどうかは全く分かりません。 物書きとしては1日でも長く自分の目で見えるといいですが、身体能力が下がっていくのは分かり切ったことですから。そこをサポートしてくれるツールが、私の場合はパソコンの文字入力アプリケーションなんです。 ここが力を貸してくれれば、本当に助かります。

1日の中で原稿を書かないオフっていうのは1年のうちに皆無かもしれません。オフにしていても、やっぱり頭の中で仕事がらみのこと色々考えてるでしょう。仕事ってそんなものじゃないですか。

それを多少なりとも、こういったツールが脇から助けてくれると思うだけで楽になります。自分一人じゃないぞというのが大事ですから。これからも視覚に障害がある人に役立つソフトの開発に期待しています。

写真:山本さんが手前の人と話をしている

開発担当者より

音声を使った操作で、いかに晴眼者に負けないくらい視覚障がい者がアプリを使いこなせるか。そこをいつも意識して、何とかPC-Talkerのプログラムとして実現させたいと思っています。一方で、画面の表示は使用するアプリに密着した部分なので、どうしても二の次になってしまう部分がありました。今回先生がWordで作業をされている様子を受けて、表示の重要性をすごく理解できました。

もしこれから視力が低下したときに「もう原稿を書くのはやめた、やめたい」という気持ちにならないように、PC-Talkerでなんとかしていきたいと思います。